【TEARDROPSのVISION】すべての人が、スティグマへのレジリエンスを持って生きていける社会|TEARDROPS
TEARDROPS|VISION

すべての人が、スティグマへのレジリエンスを持って生きていける社会

TEARDROPSのVISION

すべての人が、
スティグマへのレジリエンスを持って
生きていける社会

「普通はこうするもの」

「みんなはできているのに」

「そんなことで悩むなんて」

私たちは、日々の暮らしの中で、 知らず知らずのうちに、 たくさんの「ものさし」に囲まれています。

そのものさしから少し外れたとき、 人は、ときに「自分はおかしいのではないか」と 感じてしまいます。

TEARDROPSは、 そんなときに生まれる生きづらさを、 「本人の弱さ」だけの問題にしたくありません。

「スティグマ」って、なんだろう?

相談者
相談者

「不登校だから」「障害があるから」って見られるのが、ちょっと嫌なんです。

TEAR
スタッフ

「その人自身」ではなく、「その人についた名前」で見られてしまう感じですか?

相談者
相談者

そうです。「不登校の子」っていう一言で、自分のことを決められているような。

TEAR
スタッフ

それが、スティグマのひとつの側面かもしれません。

スティグマとは、 ある属性や状態を理由に、 その人が否定的に見られたり、 「普通ではない」と扱われたりすることです。

でも、スティグマは、 誰かから向けられるまなざしだけではありません。

周りから繰り返し言われた言葉が、 いつの間にか自分自身の中に入り込んでしまうこともあります。

「自分はダメなんじゃないか」
「迷惑をかけているんじゃないか」
「こんな自分ではいけないんじゃないか」

本当は、誰かに否定されたわけではなくても、 自分で自分を否定してしまう。

TEARDROPSは、 そこにも目を向けたいと考えています。

「レジリエンス」って、強くなること?

相談者
相談者

レジリエンスって、「困難に負けない強さ」っていうイメージがあります。

TEAR
スタッフ

たしかに、そう説明されることも多いですよね。

TEAR
スタッフ

でも、TEARDROPSが考えるレジリエンスは、少し違います。

相談者
相談者

どう違うんですか?

TEAR
スタッフ

「傷つかないこと」ではないと思っています。

TEAR
スタッフ

傷つくこともある。迷うこともある。立ち止まることもある。

TEAR
スタッフ

それでも、「自分はダメだ」と全部を否定しなくていいこと。

レジリエンスは、
「何があってもひとりで立ち続ける力」ではなく、
「倒れたときに、もう一度立ち上がれる可能性」。

ひとりで強くならなくてもいい

私たちは、 「レジリエンスを身につけましょう」と言うとき、 つい個人の努力の話にしてしまいます。

もっと頑張ろう。 前向きになろう。 自信を持とう。

でも、それだけではありません。

誰かに話を聴いてもらうこと。

安心できる場所があること。

困ったときに助けを求められること。

一度離れた場所に、もう一度戻ってみること。

新しい人と出会うこと。

そうした「つながり」も、 その人がもう一度生きていくための力になります。

相談者
相談者

じゃあ、レジリエンスって、自分ひとりの中にあるものじゃないんですね。

TEAR
スタッフ

そうだと思います。

TEAR
スタッフ

人との関係の中で生まれるレジリエンスも、きっとある。

「ひとりで強くなる」のではなく、
「ひとりにならない」。

それも、レジリエンスなのだと思います。

スティグマに負けない社会ではなく、
スティグマがあっても生きていける社会

もちろん、 スティグマそのものをなくしていくことは大切です。

偏見や差別が少ない社会をつくること。

一人ひとりの違いが尊重されること。

困っている人が、必要な支援につながれること。

それは、TEARDROPSが大切にしていることです。

でも、 スティグマを完全になくすことだけを 目標にするのではありません。

なぜなら、 社会からすべての偏見がなくなる日を 待っているわけにはいかないからです。

相談者
相談者

傷つくことは、なくならないかもしれない。

TEAR
スタッフ

そうですね。

TEAR
スタッフ

だからこそ、傷ついたときに、自分まで自分を否定しなくていい社会をつくりたい。

TEAR
スタッフ

誰かに話せる。助けを求められる。つながり直せる。

TEARDROPSがつくりたい「回路」

TEARDROPSが大切にしているのは、 「支援する人」と「支援される人」を 固定してしまうことではありません。

困ったときには誰かに頼る。

少し元気になったら、今度は誰かの話を聴く。

また自分が困ったら、誰かに頼っていい。

そんなふうに、 人と人との間を行ったり来たりできること。

社会の中に、 いくつもの「つながり直せる回路」があること。

話してもいい うまく説明できなくても、誰かに話してみる。
頼ってもいい 自分だけでは難しいとき、助けを求める。
離れてもいい 苦しい場所から、一度離れることも選べる。
戻ってもいい もう一度、誰かとつながり直してもいい。
やり直してもいい 一度決めた道を変えても、自分の人生を続けていける。
強くなくてもいい。
完璧じゃなくてもいい。
迷ってもいい。

それでも、生きていける。
誰かとつながりながら、生きていける。

だから、「名前のない痛みを聴く」

ここで、 TEARDROPSのMISSIONである 「名前のない痛みを聴く」に戻ってきます。

人は、自分の痛みをうまく説明できないことがあります。

「何がつらいのか分からない」

「こんなことで悩んでいると言っていいのか分からない」

「誰かに話すほどのことじゃない気がする」

そんな「名前のない痛み」もあります。

TEAR
スタッフ

だから、まず聴く。

TEAR
スタッフ

すぐに答えを出さなくてもいい。

TEAR
スタッフ

「あなたはこういう人です」と決めつけなくてもいい。

TEAR
スタッフ

その人と一緒に、「今ここにあるもの」を見つめる。

その小さな関わりが、 「自分のことを話してもいい」という経験になり、 「誰かを頼ってもいい」という経験になり、 「自分はここにいてもいい」という感覚につながっていく。

それもまた、 スティグマへのレジリエンスを育てる ひとつのきっかけになるのだと思います。

痛みをなくすことだけが、
支援ではない。

痛みを抱えたままでも、
誰かとつながりながら生きていけること。

私たちが目指す社会

「不登校の人」だから。

「障害のある人」だから。

「病気の人」だから。

「働いていない人」だから。

「普通と違う人」だから。

そんな名前によって、 その人の可能性や価値が決められてしまわない社会。

そして、 たとえ誰かからそう見られてしまうことがあったとしても、 そのまま自分を嫌いにならなくていい社会。

困ったときに誰かを頼り、 傷ついたときに立ち止まり、 また誰かとつながり、 自分の人生を自分で選び直していける社会。

TEARDROPSが目指す社会

すべての人が、
スティグマへのレジリエンスを持って
生きていける社会。

私たちは、 「強くなってください」とは言いません。

「前向きになってください」とも言いません。

ただ、 どんな人にも、 どんな痛みにも、 つながり直せる場所がある社会をつくりたい。

そのために、 地域の中で人と人が出会う場所をつくり、 話を聴き、 一緒に考え、 ときには一緒に迷いながら、 いくつもの「回路」をつくっていきます。

「ひとりで生きていける」ではなく、
「ひとりになっても、また誰かとつながれる」。

そんな社会を、私たちは目指しています。
TEARDROPSの活動を知る

「名前のない痛みを聴く」というMISSIONのもと、 TEARDROPSは、地域の中でさまざまな活動を行っています。

誰かの「困った」を、 「支援につなげる」だけで終わらせない。

人と人が出会い、 つながり、 また自分らしく歩き出せる。

そんな場所を、少しずつ増やしていきます。